スポーツ界を変革する第一歩を<前編>――スポーツ庁長官も推進する「スポーツ×他産業の可能性」
2020年の東京オリンピック開催まで1年を切り、スポーツ競技への関心が日に日に強まっている。これまで日本においてスポーツが語られる視点は、競技や教育、健康維持といったものが中心であった。しかし2015年のスポーツ庁設立以降、行政を中心として、国や地域経済にもたらす経済効果の面、つまり産業としてのスポーツという観点がにわかにクローズアップされてきた。
そんな中で、スポーツと他産業との共創により新たなサービス・価値の創出を図り、スポーツの成長産業化を目指す、『Sports Open Innovation Platform(SOIP)』がスポーツ庁主導で取り組まれている。
今回、SOIPの一環として、スポーツ庁と公益財団法人日本ハンドボール協会がコラボレーションし、ハンドボールをハブとしたビジネスアイデアを募集し事業化を目指すプログラム「SPORTS BUSINESS BUILD」が開催される運びとなった(※)。
去る9月20日には、東京・千代田区のNagatacho GRiDで、スポーツ庁の担当者、公益財団法人日本ハンドボール協会会長などが登壇する説明会が開催され、200名以上の参加者が熱心に耳を傾けた。
――スポーツ庁が取り組むSOIPとは?SPORTS BUSINESS BUILDでは、なぜハンドボールがテーマになっているのか?ハンドボールという競技のビジネス面から見たポテンシャルとは?
本日公開する記事の<前編>では、スポーツ庁長官である鈴木大地氏によるスピーチの模様やSOIPを牽引するスポーツ庁・忰田康征氏によるプレゼンテーションを紹介。SOIP立ち上げの狙いや目指す方向性について紐解いていく。
そして明日掲載する<後編>では、日本ハンドボール協会会長 湧永寛仁氏の講演内容を中心に、協会の抱える課題や共創することで得られるメリット、その先のビジョンについて詳細にレポートしていく。
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スポーツが持つ力を見える化し、産業界・学術界と共創する
「SPORTS BUSINESS BUILD」説明会はスポーツ庁主催のカンファレンス「SOIN(Sports Open Innovation Networking)」の一環として実施され、SOIN開会の挨拶として、スポーツ庁長官・鈴木大地氏が登壇した。同氏は、2015年10月にスポーツ庁が設立されたことで「2025年までにスポーツ市場規模を現在の約3倍である15兆円まで成長させることを目指す」とした上で、そのためには仲間を増やしていくことが必要だと語った。
そのためにはスポーツが持っている力を“見える化”し、産業界や学術界の多くのプレイヤーが活用できる仕組みが求められる。それを実現するプラットフォームが「SOIP(Sports Open Innovation Platform)」だと話す。さらに、SOIPを通じてスポーツ界が有しているさまざまな場やデータ等をオープンにして共創を推進し、ラグビーW杯から来年のオリンピック・パラリンピックに向けて盛り上がる日本のスポーツ市場で、新しいビジネスを確立していきたいと語った。
▲初代スポーツ庁長官・鈴木大地氏。1988年、ソウルオリンピックの男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得。その後、母校である順天堂大で教授まで務め、水泳部も指導。日本水泳連盟会長、日本オリンピック委員会(JOC)理事などの要職を歴任し、2015年10月から現職。
中央競技団体をイノベーションプラットフォームにするという、日本初の試み
続いて、スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付 参事官補佐 忰田康征氏の講演が行われた。講演内容は、同庁が主導して進める「SOIP(Sports Open Innovation Platform)」の話を中心として、①なぜSOIPを進めているのか、②SOIPが目指しているところ、③日本ハンドボール協会とのプロジェクトのポイント、の3点について語られた。
①なぜSOIPを進めているのか?
スポーツ庁の創設は2015年で、設立から現在3年半ほどになる。「同庁の設立と前後して、日本の行政におけるスポーツ施策の視点は、大きく変化した」という。以前はもっぱら「教育」、あるいは「競技力向上」という観点からスポーツ振興策が講じられていたのに対して、同庁設立後はスポーツを産業として捉え産業振興という観点から施策が講じられるようになった。スポーツ庁長官・鈴木氏の挨拶にもあったように、2015年には約5.5兆円だったスポーツ市場の規模を、2025年までに15兆円まで成長させることを目指すとされている。
そのための柱として「スタジアム・アリーナ改革」「スポーツ団体の経営力強化」「スポーツ実施率の向上」などと並んで「他産業との融合」が掲げられている。その融合は、スポーツ界と他産業とのオープンイノベーションを推進することによって実施される。そして、そのためのプラットフォームとして設定されたのがSOIPというわけだ。
SOIPによる産業振興策は、スポーツ庁のみならず、経済産業省、総務省などとも連携しながら取り組みが進められている。2019年6月に閣議決定された成長戦略実行計画にも明記され、また「まち・ひと・しごと創生基本方針2019」にも、「プロスポーツチーム等を核とした地域版スポーツオープンイノベーションプラットフォーム(SOIP)の構築」が盛り込まれた。国レベルでも地域経済レベルでも、スポーツ×他産業の取り組みが、その活性化に資することが認められている。
SOIPはプラットフォームであり、そこに参加するプレイヤーの持つアセットを組み合わせてスポーツを、いわばハブとした共創を推進することを目指している。具体的には、スポーツ団体の「データや権利、施設」、大学・研究機関や企業の「技術、ノウハウ」、大学・研究機関の「知識、検証」、企業の「事業、人材」などを融合していくという。
②SOIPが目指すもの
SOIPの目的は、「スポーツの場におけるオープンイノベーションを促進し、スポーツへの投資促進やスポーツの価値高度化を図るとともに、スポーツの場から他産業の価値高度化や社会課題解決につながる新たな材・サービスが創出される社会の実現を目指す」というもの。
先に、企業や大学、研究機関などのアセットとの融合によりスポーツの価値を高度化させる点について述べた。それとはベクトルが逆になるのが、スポーツが持っている力を社会課題の解決につなげていくという方向性だ。たとえば、コンディショニングについての知見を活用している例として、サッカーJ2の徳島ヴォルティスは、徳島県美馬市、大塚製薬と共同で、市民向けの運動プログラムを実施している。また、スポーツクラブのルネサンスが、鳥取県伯耆町と連携して市の遊休施設を用いて、同社の指導プログラムのノウハウを提供して集客し収益化を成功させた。
他産業の知見・経験でスポーツの価値を高度化する一方、これらの事例のように、スポーツ界のリソースを外部が上手く活用することで他産業の価値を高度化することもできる。その両方の広がりを通じて、最終的にさまざまな社会課題の解決を目指している。
③日本ハンドボール協会とのプロジェクトのポイント
プロスポーツチームではなく、中央競技団体と共創するのは、そこに非常に大きなポテンシャルがあるため。その1つが登録人口だ。日本ハンドボール協会の登録人口は約10万人、日本水泳連盟は12万人、バレーボール協会やソフトテニス連盟だと約44万人。これだけ多くの登録者を抱えていることは、データビジネスが勃興している現在、非常に大きな価値がある。
その一方で、さまざまな中央競技団体の年間総収入金額の中央値は、約3.4億円となっている。これは、コンビニ1店舗の平均的な年間売上高が1.5~2億円といわれているのと比べても、かなり少ない。また、中央競技団体の6割以上は、4名以下の正規職員しかいない。つまり中央競技団体が登録会員に提供するサービスレベルを向上させ、登録会員を拡大・プラットフォーム化することでそのポテンシャルをうまく活用することができれば、収益の拡大、雇用創出の余地が非常に大きい。
今回の中央競技団体をイノベーションプラットフォームにする取り組みは、日本初のものになる。そこで取り組まれるはずのオープンイノベーションやデジタルトランスフォーメーションは、スポーツ界だけに必要とされるものではなく、日本社会全体の課題だ。――「スポーツ界が先陣を切って、ロールモデルとして社会に示していけるような取り組みを作りたい」と忰田氏は力強く語った。
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記事の<前編>では、スポーツ庁長官・鈴木大地氏と同庁の忰田康征氏によるプレゼンテーションを中心に、「SOIP(Sports Open Innovation Platform)」の詳細について紹介した。明日公開する<後編>では、日本ハンドボール協会会長 湧永寛仁氏が登壇した模様をレポート。SPORTS BUSINESS BUILDのテーマとなるハンドボール界が抱える課題や実現したいビジョンなど、その内容を詳しく伝えていく。
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(編集・文:眞田幸剛、取材・文:椎原よしき、撮影:加藤武俊)