NTT東日本流の共創|商流もゼロから創る。全国規模でビジネスを加速させた共創事業とは。
東日本電信電話株式会社(以下、NTT東日本)のアセット・リソースとスタートアップのスマートな技術・製品とを組み合わせ、共に新たな価値を生み出していくことを目的とした、「NTT EAST ACCELERATOR PROGRAM LIGHTnIC」。現在、3期目のプログラムとして募集がスタートしている。
2017年、NTT東日本アクセラレータープログラムの最初の取り組みが開始されたとき、社内にはまだ正式な部署は存在しなかった。若手・中堅社員による有志活動としてスタートしたこのプログラムにおいて、第1号の事業化案件となったのが、まだ海のものとも山のものともつかないベンチャー企業が開発中の製品を、日本有数の大手家電量販店に納品して全国同時発売するというプロジェクトだった。――これが、教育サービス事業を手掛けるライフイズテック株式会社との共創事業である。
NTT東日本の社内にパッケージ製品を扱う商流すら無かったところからスタートしたプロジェクトだったが、取り組み開始からわずか1年弱で、2018年4月に「テクノロジア魔法学校」がローンチされ、全国の大手家電量販店の店頭に並ぶところまでこぎつけた。現在でも店頭販売が続けられており、これまでに、本数は非公開ながら、かなりのインパクトを持つ販売実績を上げている。
このような短期間での成功が可能になった要因には何があったのか、そして、この共創事業の成功は、両社に何をもたらしたのか。事務局としてアクセラレータープログラムを中心で動かしてきたNTT東日本ビジネス開発本部の山本将裕氏、遠藤正幸氏のお二人と、ライフイズテック株式会社代表取締役CEO水野雄介氏に、その実態についてうかがった。
■ライフイズテック株式会社 代表取締役CEO 水野雄介氏 <写真中>
■NTT東日本 ビジネス開発本部 第二部門 アクセラレーション担当 山本将裕氏 <写真左>
■NTT東日本 ビジネス開発本部 第二部門 アクセラレーション担当 遠藤正幸氏 <写真右>
■全国200の家電量販店で販売された「テクノロジア魔法学校」とは?
――まず、今回の共創事業の概要について教えてください。
NTT東日本・山本氏 : ライフイズテックさんが開発した「テクノロジア魔法学校」という、プログラミング学習の製品パッケージを、全国の大手家電量販店で販売するという内容です。ライフイズテックさんにとっては、初めて開発したパッケージ製品が発売初日から全国の家電量販店に並べられて、面展開で販売できるメリットがあります。一方、私たちにとっては、製品パッケージと一緒に光回線を販売することで、収益のチャンスが拡がります。
――「テクノロジア魔法学校」は、どういった商品なのでしょうか。
ライフイズテック・水野氏 : 前提として、私たちの会社のことからご説明します。私たちは、2010年の創業以来、「21世紀の教育変革」をビジョンに掲げ、教育サービス事業をおこなってきた会社です。創業時から、主に中高生を対象としたプログラミング教育やIT教育を、キャンプやスクールといったリアルな場で展開してきました。しかし、リアルな場だけだと、地方に住む子どもや経済的に厳しい家庭の子どもたちが、どうしても参加しにくいという問題が生じます。
そこでリアルの場とは別に、どこでも受けられるオンライン学習システムが必要だと思いました。幸い、この趣旨に賛同していただいたディズニーさんの協力を得ることができ、4年ほどの時間をかけて共同開発したのが「テクノロジア魔法学校」です。これは簡単にいうと、ディズニーの世界で生じるさまざまな謎や課題を、プログラミングという「魔法」によって解決していくという建て付けになっています。利用者は約1年かけてプログラミングを学ぶことができます。
――オンライン学習サービスはたくさんの事業者が提供していますが、「テクノロジア魔法学校」が他のサービスと異なる点はどこにあるのでしょうか。
ライフイズテック・水野氏 : オンライン学習の最大の欠点は、自分自身で取り組むため、飽きやすくて続けにくいということです。それを防ぎ、だれでも続けられる仕掛けを採り入れているのが、「テクノロジア魔法学校」の特徴です。そのために、1つには、ディズニーの魅力的なキャラクターやストーリーを借用しています。また、CTO(最高技術責任者)に、スクウェア・エニックスでCTOを担当し、ファイナルファンタジーなどのゲーム開発をしていた橋本善久を迎えて、夢中になるRPGの要素をふんだんに採り入れています。
さらに「本」が基盤となっており、本をガイドにして学習を進めていき、ネットだけではなく、郵便はがきを使ってやり取りするような手間をあえて採り入れて、いわば、オンラインとリアルなモノとを融合させたような形にしていることもそのためです。
こういったさまざまな工夫により、飽きるどころか、夢中になって先に進めたくなるような学習システムになっていることが、最大の特徴です。
▲テクノロジア魔法学校
■まだ完成していない製品を商材として、社内外とタフな交渉を続ける
――ところで、第1期のNTT東日本アクセラレータープログラムは、公募がなされないクローズドな形で実施されたと聞いています。ライフイズテックさんは、どのような経緯で参加なさったのでしょうか。
ライフイズテック・水野氏 : 2017年、「テクノロジア魔法学校」の開発がかなり進んでいた段階で、NTT東日本アクセラレータープログラムの話を、トーマツベンチャーサポートの方から伺ったのがきっかけです。それまで私たちは、この新商品をオンライン中心で販売していこうと考えていました。しかし、NTT東日本さんと組んでPCやネット回線とセットで全国の家電量販店で販売するというマーケティング構想をいただき、それができたらすごいと思いました。私たちだけでは、到底できない事業展開ですから。
NTT東日本・遠藤氏 : 弊社は、家電量販店各社とは古くからビジネスパートナーシップを築いています。実は私自身も、ビジネス開発本部に配属になる前、数年ほど家電量販店さんへの営業を担当していました。それもあって、トーマツベンチャーサポートさんを介してライフイズテックさんのお話を聞いたときは、ネットワークを使う製品なのでうちの光回線と親和性が高いですし、「量販店で大規模に売ったらインパクトがあり面白い」と、すぐにピンときたのです。
NTT東日本・山本氏 : NTT東日本という会社は、これまでずっと回線を売ってきたわけですが、国内での新規の回線需要がこれから大きく伸びることが想定しにくい状況の中で、回線という「モノ」を売るだけでは成長に限界があると考えていました。その回線を使って何をするのかという「コト」も、私たち自身が提案して回線と一緒に売っていくようにならなければ、今後ビジネスが広がらないという危機感があったのです。しかし、社内では「コト売り」の経験値がなく、アイデアもなかなか出ません。そこでベンチャーさんのお知恵を拝借しながら一緒に新しい事業をはじめて、大きくしていきましょう、というのが、私たちがアクセラレータープログラムをはじめた理由でもありました。
ライフイズテックさんの案件は、そこにちょうどぴったりはまるものでした。また、ネットワークを活用した教育を通じて地域の子どもたちを元気にしていきたいという理念も、私たちと一致するものがあったので、ぜひご一緒させていただきたいと思いました。
――実際、ライフイズテックさんにとって、共創による効果はあったでしょうか?
ライフイズテック・水野氏 : 非常に大きな効果がありました。実際に販売によって得られた収益以外にも、商品が全国で店頭に並ぶことによるブランド力の向上もありました。また、そもそも私たちのようなベンチャーが、大手家電量販店に商品を卸して全国の店舗に並べてもらう、そういうアカウントを作って販売契約を結んでもらうこと自体が、普通だったらハードルが高いでしょう。その第一関門を越えられたのはNTT東日本さんの力があったからこそです。
NTT東日本・遠藤氏 : なにしろ、最初はまだ製品が存在していませんでしたから、大変でした。「実力あるベンチャー企業が開発中の素晴らしい商品です」といっても、量販店さんの方では「うーん?」という感じで。交渉の最初の段階では、「じゃあ、まずはテスト的に少しだけ並べてみましょうか」といった反応でした。
しかし、そういう形では、私たちとの共創によって短期間にベンチャーをスケールさせていくというアクセラレータープログラムの趣旨から離れたものになってしまいます。私たちとしては、できるだけスケール感ある展開をしたかったので、ずいぶん時間をかけてタフな交渉を重ね、最終的な合意を作りました。
その際に利用した具体的なアセットは、それまでの弊社と家電量販店さんとの取引関係によるつながりもありますし、私たちが持っていた100名規模の光回線の拡販を支援するスタッフもありました。それらを活用することで、家電量販店さんにも、ライフイズテックさんにもメリットのあるスキームが作れたのではないかと思います。
ライフイズテック・水野氏 : 私から見ても、山本さんと遠藤さんのお二人は、非常に熱意を持って動いてくれました。いま話されたような、家電量販店さんとの交渉もそうですし、また、NTT東日本の社内でも、私たちが作っているような商品は今までに販売したことがないので、扱う商流が社内になかったのです。そういうまったく前例のないところで、めちゃくちゃ動いて、いろんな方を巻き込んでスキームを作っていってくれました。
NTT東日本・山本氏 : うちはインフラ事業なので、なにか新しいことをしようとすると総務省の認可が必要だったり、それを調整する各部署の許可が必要だったりと、手続きが多数必要です。それは仕方ないのですが、関わる人間が多くなる中で、いろいろな障害が生じたり、スピードが遅れたりするのは困るので、その調整に走り回りました。社内の上層部にも危機感を持っている人は一定数存在していて、そういう人たちの協力を得られたことが大きな推進力になりました。
■最大の成功要因は、担当者の熱意
――さまざまな障害があった中で、最終的には共創事業はうまくいったわけですが、その成功要因はどこにあったと思いますか?
ライフイズテック・水野氏 : 最大の要因ということなら、「担当者の熱意」の一言に尽きます。半年くらい、毎週顔を合わせて、打ち合わせをして、メッセンジャーなどでも随時連絡を取って、そのコミュニケーション量が半端じゃありませんでした。さらにその内容も、ありもののスキームに私たちの事業を当てはめるように調整をするのではなくて、本当に私たちのために、カスタマイズした事業スキームを作ってくるというものでした。
どこのアクセラレータープログラムの人もたいてい、「ハンズオン」って言いますよね。でも、ここまで本当にハンズオンでやってくれることって、他ではちょっと考えられないんじゃないかな(笑)。だから、成功要因としては、NTT東日本さんのアセットが使えたということももちろん大きいですけど、最大の要因は、お二人が熱意を持って、本当にハンズオンで一緒に動いてくれたことですよ。
NTT東日本・山本氏 : 販売直前にスケジュールが押してしまったとき、発売に間に合わせるために、遠藤は仙台の倉庫に行って物流を自ら調整したりもしてましたね。
ライフイズテック・水野氏 : そんなこともしてたの?(笑)
NTT東日本・遠藤氏 : 他の部署とも調整をしたのですが、どうにもこうにもスケジュールが間に合わなそうだったので、それなら自分がやってしまおうと思い、翌日仙台へ向かいました(笑)それもあり、無事発売日になんとか間に合わせることが出来ました。
ライフイズテック・水野氏 : そこまでやるなんて普通ないでしょう。もちろん、それは第1号案件だったからなのかもしれません。今後の案件でも同じようにできるのか、私にはわかりません。でも、ベンチャーと一緒に事業を育てたいというお二人の熱意は、絶対に本物だと断言できます。
NTT東日本・山本氏 : 成功要因ということでは、やはり「テクノロジア魔法学校」という製品自体が非常に強い魅力を持つものだったことも大きいと思います。水野社長に社内でプレゼンしてもらうと、ほとんどの人が、食い入るように見ていましたから。大きなポテンシャルのある製品だと確信していたからこそ、私たちも全力で動けたという面もあります。
――大企業であるNTT東日本さんと、ベンチャーであるライフイズテックさんとでは、組織文化やビジネスに対する取り組み方などが大きく違うと思います。実際に事業を進めるにあたって、その違いが障害になるようなことはありましたか?
ライフイズテック・水野氏 : カルチャーの違いは、もちろんありましたし、小さな障害はいくつもありました。でもそれはビジネスをしていく上で、普通にあることです。そして、山本さんが、その違いを理解した上で、うまく両社を橋渡ししてくれたので、その違いが大きな問題となることは全くありませんでした。
■日本全国の地域から全世界へプログラミング教育を展開
――ベンチャーがアクセラレータープログラムを利用する上でのコツや、アドバイスのようなものがあれば、教えてください。
ライフイズテック・水野氏 : 一般的に言えば、プログラム主催企業が大企業であればあるほど、持っているアセットは多種多様になるので、まず主催企業のどんなアセットをどう使って、どんな共創をするのが効果的なのかを、ベンチャー側でも意識しておくことが重要だと思います。
私たちの場合、幸運にも、トーマツベンチャーサポートさんの紹介がきっかけだったので、最初からシナジーの可能性についてもアドバイスをもらえました。もしそれがなくて、私たちだけだったら、そもそもNTT東日本さんのアセットを使おうという発想が生まれていないかもしれません。
NTT東日本さんにかぎらず、アクセラレータープログラム主催企業に頼り切りになるのではなく、ベンチャー側も主体性を持って共創していく姿勢がないと、いいものは作れないのではないかと思います。
――最後に、今後に向けて、両社の共創関係をどのように発展させていきたいのか、そのビジョンを教えてください。
ライフイズテック・水野氏 : 最初にお話ししたように、そもそもこの製品を開発したのは、地方の子どもたちにも私たちのサービスを使ってもらいたいという想いがありました。
その点で、NTT東日本さんが日本全国に地域拠点を持ち、それを活用した共創が可能になる点は大きなメリットです。まず国内での地域展開をどんどん広げていきたいと考えています。そして、その先は、ディズニーというグローバル企業からの協力を得て作られた製品でもありますから、やはりグローバルな展開を視野に入れています。その際にも、NTT東日本さんとの共創が大きな推進力になるのではないかと思っています。
NTT東日本・遠藤氏 : 弊社は、インフラ企業なので多くの地方自治体ともラインがあり、それを通じて、教育機関へのアクセスもしやすい環境があります。その面で、ライフイズテックさんの事業内容から考えて、今後は地方自治体や教育機関を巻き込んだ事業展開ができれば面白いと思っています。
NTT東日本・山本氏 : グローバル展開という点では、私たちは、経産省が主催するJ-Startupのサポーター企業にもなっており、すでに、ライフイズテックさんを推薦させてもらっています。グローバル展開に際しては、そのような公的な仕組みも利用しながら、さまざまなバックアップを続けさせてもらいたいと思います。
■取材後記
水野社長が、NTT東日本の山本、遠藤両氏を語るときの口調は、まるで激戦を共に戦ってきた戦友を語るかのような、信頼と尊敬とにあふれるものだった。それだけの信頼を得るには、両氏にどれほどの努力があったのか、にわかには想像がつかないほど。この関係を今後もより豊かに発展させられれば、水野社長が語ってくれた、「教育界のソニーやホンダになって、次の時代を創りたい」という夢へも、着実に近づいていけるだろう。
※「NTT EAST ACCELERATOR PROGRAM LIGHTnIC」のエントリーはコチラ
(構成:眞田幸剛、取材・文:椎原よしき、撮影:古林洋平)