イノベーターは課題解決の「コンパス」を持っているーーオープンイベーションを成功に導く人材の共通項とは?
オープンイノベーションに取り組み、革新的なビジネスモデルやサービスを生み出す「イノベーター」とは、一体どのような要素を持ち合わせた人物なのか。そして、オープンイノベーションを成功に導くことができる人材の共通点とは?――本記事では、「イノベーター×オープンイノベーション」というテーマに迫る有識者のトークセッションの模様をお届けする。
なおこのトークセッションは、他人に目標をたててもらうワークショップ「タニモク」のプロジェクトリーダーを務め、新規事業「iX」にも携わるパーソルキャリアの三石原士氏がモデレーターを担い、『「事業を創る人」の大研究』などの著書でも知られ、人材開発を専門にする立教大の田中聡氏、国内外の起業家・経営者など3000名以上へのインタビューを行ってきたフォーブスジャパン副編集長の谷本有香氏、未来起点による大手企業の新規事業開発と社会実装の支援に取り組むミラツクの西村勇哉氏の4名が登壇。さまざまな立場・視点から、「イノベーター」の人物像を浮き彫りにしていくセッションとなった。
※このトークセッションは、オープンイノベーションプラットフォームeiiconが主催したイベント「Japan Open Innovation Fes 2019(JOIF2019)」にて実施されたものです。
<本トークセッションのポイント>
●オープンイノベーションや新規事業を推進させるためには、その会社の中に根ざしている価値観や、必ずしも明文化されていない意思決定の基準やプロセス、暗黙のルールといった「目に見えないもの」をどれだけ感覚的に掴みとれているかという点が重要
●「何をしたいのか」を考えたり、それに合わせて行動できるということが、イノベーターの大前提
●イノベーターとは、成長意欲が強く、バイネームで働き、コミュニティー作りができ、視座を高く持てる人
●視座を高く持つためには、過去・現在・未来を繋がったものとして捉えていることが必要
●新しい事業を生み出す人は、他責思考期→現実受容期→反省的思考期→視座変容期という心理プロセスをたどる
●イノベーターを支援するためには、文句を言いそうな人への根回しやセーフティーゾーンを作ってあげることが重要
<SPEAKERS>
写真左→右
■パーソルキャリア株式会社 「タニモク」プロジェクトリーダー 三石 原士氏(モデレーター)
■立教大学 経営学部 助教 田中 聡氏
■フォーブス ジャパン副編集長 谷本 有香氏
■NPO法人ミラツク 代表理事 西村 勇哉氏
■有識者が語る「イノベーター」の共通項
パーソル・三石氏 : このセッションのテーマは「イノベーター×オープンイノベーション」ということで、まず人にフォーカスして「イノベーターの要素」という点についてお話ができればと思います。田中さんは、『「事業を創る人」の大研究』という著書も上梓されており、新規事業やオープンイノベーションを担う方々の研究を手がけられてきました。田中さんは、イノベーターが備えるべき要素についてどのようにお考えでしょうか?
立教大・田中氏 : 「オープンイノベーションの担当者にどんな能力やスキルを持った人材を登用したら良いか?」というお話は、本当に多くの企業さんからいただきます。ですが、正直に申し上げると、こういう質問をお受けするたびに、いつも心の中で「そもそもの問いの設定がズレてるのでは」と思ってしまうんです。オープンイノベーションを「担当者の仕事」と捉えてしまっている時点で。僕は、「オープンイノベーションは企業の経営者あるいはその分身といえる人材がやるべき仕事」だと思います。
また、イノベーターの要素についてですが、巷でよく言われるような「○○スキルが必要だ」という話ではないと思います。要するに、ポータブルなスキルではないんじゃないかということです。というのも、最近ではオープンイノベーションに必要なスキルを何らか定義して、それに見合う人材を即戦力として外部から採用するケースも増えてきましたが、彼らが実際にパフォーマンスを発揮できるかといえば、必ずしもそうではないことが僕らの研究から分かっています。つまり、「オープンイノベーションに必要な○○スキルを持っている人物であれば成功に導くことができる」というのは神話なのではと。
やはり、一番大事なのは、その会社の中に根ざしている価値観や、必ずしも明文化されていない意思決定の基準やプロセス、暗黙のルールといった「目に見えないもの」をどれだけ感覚的に掴みとれているかという点。ですので、この議論の行き着く先は最終的に「その会社の経営者」になるんじゃないかというのが僕の考えです。
パーソル・三石氏 : 西村さんは、イノベーターの要素についていかがでしょうか?
ミラツク・西村氏 : そうですね…。イノベーターとして最も合わないのは、「みんなで決めたから◯◯でいきたいと思います」というようなスタンスの方です。みんなで決めた、というのはあくまでプロセスの話。「あなたが何をやりたいのか」という意思が大事なんです。その意思がないと、どちらの方向にも進めません。「何をしたいのか」ということを考えたり、それに合わせて行動できるということが、イノベーターの大前提だと思います。
パーソル・三石氏 : これまでに国内外で3000名を超える起業家・経営者を取材してきた谷本さんは、イノベーターの要素についてどのようにお考えでしょうか?
フォーブス・谷本氏 : 私自身が考えるイノベーターというのは、「成果を上げた人」ではなく、「コンパスを持っている人」。つまり、何かの課題に対して、こちらの方向に解決策があるという方向性・ベクトルを持っている方が、イノベーターと呼べる人なんだと思います。
そんなイノベーターには、3つの共通点があります。1つ目は、エネルギーを持っていること。最初は、強い成長意欲や自己承認欲求でもいいんです。社会的な課題認識などにおいて、並々ならぬエネルギーがあるということです。そして2つ目は、自己的な社会資本を持ち、バイネームで仕事をしていること。そして最後の3つ目は、自己完結しないで繋ぎ合わせることができる、つまりコミュニティー作りができることです。――長年、数多くのビジネスリーダーたちを取材してきて、これらの3つがイノベーターになり得る人物の共通項だと感じています。
パーソル・三石氏 : ありがとうございます。続けて谷本さんにお聞きしたいのが、「イノベーターになるキッカケ」についてです。今はイノベーターと言われる人でも、最初からイノベーターだったわけではありません。どのようなキッカケが、その人をイノベーターへの道へと進ませたのか。その点については、いかがでしょうか?
フォーブス・谷本氏 : コミュニティーを作ることによって、集められる応援者のエネルギーが、イノベーターに進化する一つのキッカケになっていると思います。その方の成長意欲や自己承認欲求だけでは、もちろん応援者は集まりません。応援者のエネルギーを集めるためには、視座を高く持つ必要があります。例えば「世界を良くする」といったような、社会的意義の高いものであればあるほど、応援者が増えていきます。
ミラツク・西村氏 : 院生時代に「人格的成長」(心がどう成長するか)の研究をしていて、そこで見えてきたのが、過去・現在・未来を繋がったものとして捉えている人が経験を糧に変えて視座を高めていくというものでした。つまり、過去からのつながりで今の自分がいて、今の取り組みは未来につながっているという感覚を持っているということです。
そして、過去の歴史というものは、「大実験の巣窟」でもあります。未来のことを考える上でも、その大実験の内容は知っておいた方がいい。人間は、知識の基盤の上に新しいアイデアを生み出せることが強みです。
■社外だけではなく、社内コミュニティーにも目を向ける
パーソル・三石氏 : 次にお話ししたいのが、オープンイノベーションに取り組む際に、イノベーターがどのようにパフォーマンスを高め、モチベーションを維持していくかです。このテーマについて、田中さんいかがでしょうか。
立教大・田中氏 : まず、オープンイノベーションに取り組む際によく話題に上がる課題についてお話ししますね、特に大企業でオープンイノベーションを進めているときに、スタートアップの経営者と繋がって「私たちのリソースを使って共同開発をしましょう!」と机上では盛り上がる。しかし、持ち帰った後がやたらと遅い。そのような事例が少なくありません。
これは要するように、社内の力学と外で得た知見がうまく融合できないために生じる問題です。こうした壁に悩む方は実際に多く、特にハードルになるのはその会社で「稼ぎ頭」と言われている既存事業のボスの存在です。社外とのコミュニティー作りも非常に大事なんですが、実は社内コミュニティーも重要です。特に大企業のオープンイノベーターにとって既存事業と調整を行う「社内政治」はものすごく大切だと思いますね。
ミラツク・西村氏 : モチベーションという点でいうと、「アンダーマイニング効果」というものがあります。内発的動機が報酬を与えるなどの外発的動機づけを行うことにより低減する現象が、アンダーマイニング効果です。つまり、内発的動機は外発的動機によって殺されてしまう。この内発的動機を回復させるためには、リハビリが必要です。まずは外発的動機によって殺されたものをどう回復させるか。マイナス状態であることの認識が重要です。
■どのようにイノベーターを支援するのか
パーソル・三石氏 : そして最後にお聞きしたいのが、イノベーターをどのようにサポートするかについてです。イノベーターを活かすための具体的な支援策とは、どのようなものがあるでしょうか?
立教大・田中氏 : これまでの研究で分かった支援策が3つあります。まず一つ目が、「精神的な支援」。これは、イノベーターが少し躓いたときに「大丈夫だよ」とか「君ならできる」というように声をかける支援です。次は、「業務的な支援」です。事業計画書をどのように書くか、KPIをどう設定するかといったような、文字通り業務面でのサポートですね。そして3つ目が、「内省の支援」。つまり、振り返りの支援ですね。
この3つの支援の中でも、事業の業績に直結するのが、「経営層による内省の支援」と「社外の新規事業担当者から受ける業務的な支援」なんです。逆に、メンタルの支援は実はあまり効果が出ません。
ここで知っておいて欲しいのが、イノベーターのように新しい事業を生み出す方々の心理プロセスについてです。以下の図のように他責思考期→現実受容期→反省的思考期→視座変容期と変容していきます。
▲田中聡氏 Web連載 第9回「事業を作る人は“孤独”」より https://eiicon.net/articles/734
パーソル・三石氏 : なるほど。
立教大・田中氏 : 先ほどお話ししたように「経営層による内省の支援」が必要というのは、相応の経験を積んだ経営層から経営視点で批判的な振り返りを促すことで、視座を高められるからです。
フォーブス・谷本氏 : 田中さんが仰ったように、イノベーターのサポートに関しては上長の方の役割って、とても大きいと思っています。というのも、先日、世界的にベストセラーとなった「NEW POWER」の著者・ジェレミー・ハイマンズ氏にインタビューしたんですが、そのときに出てきた話の構造と同じように感じました。
例えば、MeToo運動はインターネットの力を使って成功したと思われています。しかし、実はきちんと根回しをしたり、セーフティーゾーンを設けることで、結果的に成功に導いたというものです。ニューパワーとオールドパワーのハイブリッドみたいなところがあるんですよね。
オープンイノベーションも所謂ニューパワー的な動きだと思います。であるならば、イノベーターの上長の方は、何か文句を言いそうな人たちに根回しをしておいたり、何か失敗したときにセーフティーゾーンを作ってあげて、イノベーターがリスクを取ることができる環境を作り、小さな成功体験を積み上げる支援をすることが重要だと思います。
※eiiconが2019年6月4日〜5日に開催した「Japan Open Innovation Fes 2019(JOIF2019)」では、各界最前線で活躍している多くのイノベーターを招聘。11のセッションを含む様々なコンテンツを盛り込んだ日本におけるオープンイノベーションの祭典として、2日間で述べ1060名が来場、経営層・役員・部長陣が参加の主を占め、多くの企業の意思決定層が集まりました。JOIF2019の開催レポートは順次、以下に掲載していきますので、ぜひご覧ください。
(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:加藤武俊)