他産業との共創で進化する日本スポーツ市場<前編>――豪華登壇者が語る「最先端のスポーツビジネス」に迫る。
2020東京オリンピック開催を控え、スポーツへの注目度は日に日に高まっている。日本では長らく、スポーツとビジネスは相容れないものとして扱われてきた風潮があった。――しかし、2015年にスポーツ庁が設立して以来、その風潮に徐々に変化が見えてきた。行政を中心にスポーツがもたらす経済効果にクローズアップし、新しい産業を創造する動きが目立ってきている。
そのような変革の中心にあるのが、スポーツ庁の取り組みである『Sports Open Innovation Platform(SOIP)』だ。SOIPは、スポーツと他産業との共創により新たなサービス・価値の創出を図り、スポーツの成長産業化を目指している。
2月18日にはSOIPの一環として、「Sports Open Innovation Networking#4(SOIN#4)」が開催された。豪華ゲストによるトークセッションをはじめ、日本ハンドボール協会との共創によってスポーツの成長産業化を目指すプログラム『SPORTS BUSINESS BUILD』 のDemodayも実施された。
今回、レポート記事の<前編>ではスポーツ庁長官、鈴木大地氏の挨拶から始まったイベントの様子を紹介。グローバルのスポーツビジネスの動向や、スポーツをいかにしてビジネスに活用していくのかについて、豪華ゲストたちによって語られた。
「スポーツを介したビジネスのハブになる」SOIP推進の意義と取り組み
開会の挨拶にはスポーツ庁長官、鈴木大地氏が登壇し、SOIPを推進する意義やこれまでの取り組みについて語った。
●スポーツビジネスの新たな可能性を模索していく
スポーツ庁長官・鈴木氏 : スポーツ庁が設立されて4年が経ち、これまでスポーツの産業化に向けて様々な取り組みを行ってきました。昨年から始めたSOIPは、その取組の大きな柱の一つであり、徐々に認知度も高まってきました。スポーツを媒介にして、様々な団体や産業が自分たちの強みを活かして繋がり、新しい産業を創造するサポートをするのがSOIPの役割です。
例えば私達スポーツ界は、スポーツに関する膨大なデータを持っています。選手のパフォーマンスやコンディションに関するデータを始め、観客に関するデータなどです。それらのデータを、他産業の成長や社会課題の解決に活かしていかなければなりません。
従来のスポーツビジネスと言えば、チケットやスポンサー広告、専門のメディアなどに限られていましたが、企業や大学と提携することでビジネスの可能性は無限大に広がり、様々な業界にいいインパクトを与えられるだけでなく、社会全体に対しても大きなメリットを与えられるでしょう。
●スポーツ産業の認知拡大のため、アクセラレータやコンテストを主催
スポーツ庁長官・鈴木氏 : SOIPを推進するに当たり、これまで「推進会議」「アクセラレーション」「ネットワーキング」の3つの取り組みを柱に活動してきました。推進会議では各業界の専門家にお越しいただき、スポーツ業界との関わりについて議論を重ねています。
アクセラレーションに関しては、本年度の新しい取り組みとしてハンドボール協会と連携して、新事業の実装に向けてのプロジェクトを進めています。ハンドボールの産業化に向けての新しいビジネスを応募したところ、50以上の提案が集まりました。来年度以降も他のスポーツ団体とも組んで、新しい取り組みができないか模索しています。
加えて本年度は内閣府が主催する「日本オープンイノベーション大賞」に、新たにスポーツ庁長官賞を設立してもらいました。これはスポーツ界の取り組みを、より広く周知するための一歩になります。
今後はスポーツ産業の拡大のためにコンテストの開催も予定しており、よりスポーツビジネスの認知拡大と事業化支援に努めていきたいと思います。
急拡大するスポーツ業界。新しいビジネスチャンスは他産業との連携で生み出す
スポーツ庁長官・鈴木氏の挨拶に続き、『グローバルから見る未来、スポーツテック最前線』をテーマにトークセッションが行われた。登壇したのは電通「SPORTS TECH TOKYO」代表、中嶋文彦氏、超人スポーツ協会代表理事 稲見昌彦氏、PwC スポーツビジネスアドバイザリー代表 David Dellea氏の3名。モデレーターを務めたのはPwCの常務執行役員、野口功一氏だ。まずは登壇者の自己紹介が行われた。
●スポーツビジネスの最先端を知る3名が登壇
電通・中嶋氏 : 私は電通の中でも広告以外の事業開発や、他社との共同事業を推進するチームを率いており、2018年からSPORTS TECH TOKYOのオーナーも勤めています。SPORTS TECH TOKYOとは、電通が主催する『スポーツ×テクノロジー』をテーマにした多様なビジネス開発を行うアクセラレーションプログラムであり、オープンイノベーションプラットフォームです。
プラットフォームというだけあって、決して電通との共創だけでなく、世界中から集まったスタートアップやパートナーなどがN対Nの多様なマッチングをするのが特徴です。
超人スポーツ協会・稲見氏 : 人間拡張工学という言葉を聞いたことがあるでしょうか。聞き慣れない学問かと思います、例えばVRを使ったけん玉トレーニングなどを作っています。VRを使いバーチャルのけん玉をスローモーションで練習するシステムです。けん玉に必要な腰を使う感覚を身につけられ、初心者でも2分ほどの練習でけん玉ができるようになります。私は東京大学で、このようにテクノロジーをスポーツに応用させる研究を行っています。
2015年には、人と機械が一体になって行うスポーツ『超人スポーツ』の協会を立ち上げました。産業革命の後に肉体労働から開放された人々が近代スポーツを行ったように、現在起きている情報革命の後にはスポーツにも革命が起きるはずです。それがテクノロジーを積極的に活用した超人スポーツです。今では22もの新しい競技が生まれ、その中には新しいスポーツギアを使った競技もあります。
PwC・David氏 : 私はPwCでスポーツ関連のプロジェクトを担当しています。私達の会社は長い時間をかけて、世界中にスポーツを始めとした様々なネットワークを築いてきました。
そのうちの一つが年に2回発行している産業調査です。現在成長しているスポーツの過去や未来、スポーツ業界で注目すべきトピックについてまとめています。ここ数年のレポートを見ると、スポーツ業界が破壊的な変化に直面しているのは明らかです。ちょうど今、スポーツ業界が新しい局面を迎えようとしていると言えるでしょう。
●世界における新たなトレンド
――続いてモデレーターの野口氏は、電通・中嶋氏にSPORTS TECH TOKYOの反響について尋ねた。
電通・中嶋氏 : 今回スポーツプロジェクトを立ち上げたことは、周囲から多くの賛同の声を集めました。そのおかげもあって、協業したいという声は明らかに増えましたし、これまで予想していなかったような業界からも声がかかるようになりました。
例えばソニー・ミュージックエンタテインメントのようなエンタメ領域の企業も、今では私達のパートナーです。例えばスタジアムで2時間、非日常的空間を体験するという意味では、スポーツも音楽ライブも同じです。ファンとどのように繋がるか、テクノロジーでいかにいい時間を過ごしてもらうか、という観点はとても似ています。
――続いて世界で超人スポーツを発信している稲見氏に、世界での反応について伺った。
超人スポーツ協会・稲見氏 : 実は国際会議で超人スポーツについてお話した時に、各国の代表に『なんでそんな面白いことを日本だけやっているんだ』と言われまして(笑)。それ以降はヨーロッパやアジア諸国の多くの団体や大学、企業から協業のお話を頂いています。
海外の多くの方はアニメや漫画といったポップカルチャーを通して日本を学びます。超人スポーツは、ポップカルチャーとテクノロジーを融合させたスポーツのため、海外の方からウケがいいのだと思います。
――グローバルな市場に詳しいPwC・David氏には、新しい動きのある国やスポーツ競技についての質問が寄せられた。
PwC・David氏 : ヨーロッパでは日本のスポーツ庁と同じように、政府機関がスポーツテック、スポーツビジネスに大きな興味関心を抱くようになりました。加えて私が個人的に面白いと思ったのは、スポーツクラブや連盟の数が増えたことです。これはスポーツ産業の成長に大きく貢献します。なぜなら、これらの団体がイノベーションのハブになるからです。競技団体がスタートアップに対してユースケースを提供する場になるため、そこで得た成果は投資を受けたり、ビジネスをブラッシュアップするのに大いに役立ちます。
面白い取り組みをしているスポーツに関しては、国際サイクリング連盟の事例があげられます。彼らは民間企業と協力してeスポーツを提供し始めました。ハードウェアを買って家の中に設置し、冬の間や悪天候の日でも家でサイクリングができるというものです。このように競技団体と民間企業が組んで、新しいスポーツを生み出していくのはこれからのトレンドになるでしょう。
企業はいかにしてスポーツを『使う』のか。スポンサーシップとアクティベーション
イベントの後半には、『スポーツ活用による企業・社会課題解決とは?』をテーマにセッションが行われた。登壇したのはGMRマーケティングの斎藤聡氏、日本プロサッカーリーグの鈴木順氏、モデレーターはパーソルキャリアの大浦征也氏が務めた。斎藤氏からはスポンサーシップのアクティベーションについて、鈴木氏からは競技団体の活用についてJリーグを事例に語られた。
●スポーツを活かしたビジネスや社会活動の現状について
GMR・斎藤氏 : 私からは、スポンサーシップのアクティベーションについてお話しします。突然ですが、国内のオリンピックスポンサーになるのにいくら必要かご存知でしょうか。答えはゴールドパートナー・オフィシャルスポンサーになるのに、年間20億から25億円かかります。日本では約50もの企業が、それだけのお金をかけてスポンサーになっているのです。
しかし、スポンサーになって権利を得たとしても、その権利をうまくアクティベーション、つまり活用している企業は多くありません。このように多額な資金を払いながらも、有効活用できていない現状を揶揄して「乗り捨てられたフェラーリ」とも言われているのです。
では、なぜ日本の企業はスポンサーの権利をアクティベーションしないのでしょうか。その最も大きな理由が『アクティベーションの仕方が分からないから』です。私が所属しているGMRマーケティングは、この課題を解決すべくアクティベーションのための戦略策定コンサルティングを行っています。
企業がアクティベーションによってあげた収益は、スポーツに再投資されることで競技チームの強化に使われます。例えばサッカーでは競技団体の収益は、競技の強さに直結しています。イングランドの収益が540億円なのに対し、日本は213億円しかないことを考えると、収益の多寡が強さに影響を与えていることは分かるでしょう。日本のスポーツ業界をこれから盛り上げていくためには、企業が権利を活用して収益をあげ、スポーツに再投資することが必要不可欠なのです。
日本プロサッカーリーグ・鈴木氏 : 私からは『Jリーグをつかおう』というテーマでお話しします。Jリーグには「スポーツでもっと幸せな国へ」と理念があり、地域に根ざしたホームタウン活動を行っています。サッカーはスポーツですが、各チームの強さだけを追っていては幸せな社会づくりはできません。勝負の結果以外の価値をいかに作るか、という問題を解決するために2018年に設立されたのが、外部団体との協業を図る社会連携(シャレン)本部です。
具体的には、共通のテーマで3社以上が集まり、協同で行うプロジェクトのことを指します。スポーツを活用して地域のエコシステムを作ることが目的で、競技としてだけじゃないサッカーの価値を作り出しているのです。これまでのプロジェクトは特設サイトでも公表しているので、ぜひご覧ください。
●大手企業と共に、社会課題に向けた取り組みを実施
――モデレーターの大浦氏は登壇者の2人に、印象に残っている社会的な取り組みの事例を尋ねた。
GMR・斎藤氏 : トヨタさんに、JYD(JFA Youth & Development Programme)の活動を支援いただいた事例が印象的です。JYDでは、以前から保育園や幼稚園を巡回して、子どもたちにサッカーを教える活動を行っていました。しかし、平日の午前中に活動できるトレーナーが少ないという課題を抱えていたのです。トヨタさんには単に協賛をいただくだけでなく、販売員の方にキッズリーダーというトレーナーの資格をとってもらい、施設を巡回してもらえるようになったのです。
おかげでサッカーに触れた子どもたちの数が40万人増えただけでなく、指導者の数も900人増えました。これはサッカー業界が抱える競技人口の低下だけでなく、日本が抱える社会課題に対して、大きなインパクトを与えられた活動だったと思います。単純にお金を協賛してもらうだけでなく、日本を代表するトヨタさんと一緒に社会課題に向けて取り組めたインパクトはとても大きいですね。
日本プロサッカーリーグ・鈴木氏 : 私は川崎フロンターレでの、知的障害者向けの就労体験プロジェクトが印象的です。知的障害者の方の多くは、就労支援センターで内職の仕事をしているのですが、その月収は平均で約1万5千円ほどです。彼らが社会に出てちゃんと収入を得、税金を払えるようにするため、川崎フロンターレで社会に出るための練習として就労体験を行っています。
この活動には様々な企業から協賛が集まっているのですが、川崎に拠点を持つAmazonさんにも声をかけましたところ、『若者の未来は応援したい』と言ってもらい、今ではフロンターレとコミュニティパートナーシップを組んで、一緒に地域活動を行ってもらっています。単に協賛をお願いするよりも、企業が何を求めているか考えることが重要だと認識させられた事例でした。
――セッションの最後に、登壇した2人から企業に対するメッセージが送られた。
GMR・斎藤氏 : スポーツ界にはまだまだお金が必要です。オリンピックまで残り6ヶ月もあるので、ぜひ活用していただいてスポーツに投資してもらえればと思います。
日本プロサッカーリーグ・鈴木氏 : これまでスポーツは『する』『見る』『支える』という関わり方しかありませんでした。ぜひそこに『使う』という選択肢も加えていただき、当事者として住んでいる地域を豊かにしていってもらえればと思います。
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本記事ではSOIPの活動と、トークセッションの様子を紹介した。明日公開する<後編>の記事では、日本ハンドボール協会との共創によってスポーツの成長産業化を目指すプログラム『SPORTS BUSINESS BUILD』のDemodayの様子をレポート。最終選考に選ばれた4社のプレゼンの内容や表彰の模様についてお伝えしていく。
(編集:眞田幸剛、取材・文:鈴木光平、撮影:古林洋平)